柳ヶ瀬の衰退は誰のせい?

柳ヶ瀬の衰退を追った記事がありました。

マスコミが報じない社会問題「地方都市の死神」

遊び慣れた男性なら、岐阜県岐阜市の柳ヶ瀬という地名にピンと来るはずだ。

飲み屋やキャバクラ、風俗店などが軒を連ね、美川憲一の出世作「柳ヶ瀬ブルース」に歌われた中部最大の歓楽街のひとつ。猥雑さとローカル感、懐かしさが不思議に調和し、ただの色街と言い切れない魅力がある。3月中旬、最も混みあうはずの土曜日にこの地を来訪。そこにはあまりにも意外な光景が。

すれ違うのは暇そうな客引きばかり。店も閑古鳥が鳴き、シャッター商店街が延々と続く。街が死んでいた。取材を続けるとその原因が見えてきた。

「2012年に行われた国体だよ。浄化で夜の店が軒並み潰された。それ以来外部からのお客さんはパッタリだ。一昨年の同時期に比べ、売上が4割減った」(キャバクラオーナーの男性/50代)

時代的に、賑わいを見せていた頃の柳ヶ瀬を知らない業界の方も増えているでしょう。
かくいう私も、おそらく相当に寂れてしまってからの柳ヶ瀬しか知らないのだと思います。

個人的には、岐阜駅から柳ヶ瀬方面に向かう金華橋通りを一本西に入った辺りの、問屋町の静けさも印象深いです。

人通りも少なく、夕方にはもう暗く、看板や自販など生活の跡が見える分、逆に静けさが際立って、薄ら寒さを感じるくらいでした。

繰り返し取り締まりが続いてきた柳ヶ瀬

取り締まりの発端としては、2003年ごろに市民の要請を受け始まった「柳ヶ瀬地区浄化作戦」がはじまりではないかと思います。
それからも、行き過ぎた悪質客引きなどに対しては、相応の取り締まりが行われていたようです。

3年ほど前には、当サイトでも悪質客引きの摘発強化があったことを取り上げていますが、この頃すでにあちこちの水商売や風俗は青息吐息だったのかもしれません。

そして、引用記事にもあるように、ちょうど1年ほど前、国体に向けて取り締まりが強化された際にホストクラブへの一斉立ち入りがありました。
その記事では、現場の空気感がわからないなどと言い訳していますが、恥ずかしながらけっこうのんびりした記事を書いていました。

引用元記事に「キャバクラでは収入を得られなくなったシングルマザーが、泣く泣くデリヘルに移籍するケースも増えている」という指摘があります。

かなり前に訪れたきりですが、柳ヶ瀬のラブホテルはすでに80分や100分などのショートタイムが当たり前といった格安の、いわゆるデリヘル向け価格設定をこぞって導入していた記憶があるので、その頃からすでにデリヘルへの鞍替えが進んでいたのだと思います。

市民の要請を受けての取り締まりが契機となり、それから約10年経ってこの顛末を迎えたのだとすれば、なんともやるせない気持ちになります。

取り締まり自体は、もともと行き過ぎた客引きや風俗店などに対して行われてきたのだと思いますが、記事にある通り健全化ばかりをお題目として街全体の活力をそぐことになったのだとすれば残念なことです。

客引きは大嫌いだが

私は業種に関わらず客引きが大嫌いなこともあり、客引きの摘発に触れる際は「浄化で市民が幸せになるなら良し」といった感想の記事が多くなってしまうのですが、そんな発言がはばかられるほどに、認識している以上に深刻な状況となっているようです。

以前に柳ヶ瀬をぶらついていて、けっこう強烈で執拗な客引きに遭遇し頭にきたのを覚えていますが、今では「引く客」そのものがいないのでしょう。

そう考えると、さすがに複雑な心境になります。

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